Side 神楽坂愛里

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「探偵の真似事ですか」  彼の茶化しには反応せず、私は続ける。 「そして今、あなたはもう一度、今度はきちんと彼を毒殺しようと目論んでいた。以前と同じ手口で。路地を歩いている斉藤に後ろから近付き、ぶつかるか何かして足を止めさせる。その時に気付かれないよう、彼のバッグに捕まえたスズメバチをビニール袋か何かに入れて突っ込む。興奮状態のスズメバチはしばらくして袋から抜け出し、斉藤を刺す――」  不確実でもいい。このようにまた繰り返せばいいのだから。 「ちょっと……」 「相手は天然の虫です。斉藤さんはまさか誰かがそんなことをしたとは思わない。ビニール袋なんてバッグにはよく入っていますから、意識しなければ証拠にはなり得ない」 「突然、何を言い出すんですか……僕はただ……」  坂井さんは落ち着かない様子で手に持っていた新聞紙を投げ捨てた。 「突然じゃないです。私はずっとあなたを探していたんです。あなたの家の隣が空き部屋だったから引っ越してきたんです。あなたの全てを知るために――」  坂井さんは黙っていた。黙って私を見つめていた。恐らく彼の目に私は厄介な隣人に映っているだろう。そう、隣人など厄介なことが大半なのだ。 「それで……? 僕をどうするの。僕はただハチを捕まえようとしていただけ。君の言う根拠のない事件の現行犯であるわけでもない。無害な一般市民だ」  確かにそう。事件は1ヶ月前。仮にハチを入れていたビニール袋か何かが存在していたとしても、既に捨てられているだろう。指紋が出なければ犯行の立証も難しい。 「でも一応聞いておきたいな、神楽坂さん……。どうして僕を疑っているの……」 「小高光――その名前に覚えがあるんじゃないですか」  すっと坂井さんの目が細められる。 「……僕の元カノだね」 「はい。私の同期でもありました」 「そうなんだ……。ああ、光……どうして僕を置いて逝ってしまったんだろうね」 「……」  坂井さんの元カノ――小高光が亡くなったのは3ヶ月前だ。年下の彼女のことを彼はとても愛していた。死因は事故死。 「あなたと光の交際期間は2年間――しかし、あなたは3ヶ月前、気付きます。斎藤良樹――光の浮気相手の存在にです」 「ああ、なるほど……光の同期なら知ってたんだね。光の浮気のことも」  そして斎藤を恨んだ坂井さんはハチに彼を襲わせた……。
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