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「……」
坂井さんは押し黙る。
「不思議だったんですよ。あなたの彼女はそばアレルギーで死んだんですよ。しかもそれはあなたの口付けが原因だった。仮に事故だったとしてもあなたが光を愛していたなら、そばなんて嫌いになっているはず……何たって凶器なんですから」
それなのに、坂井さんはそばを見せても動揺ひとつ見せなかったどころか、それを完食した。
「そしてあまつさえ、こう言いましたよね。“引っ越しそばのおかげで私のような人ともまた出会えた”、と……」
後悔すらしていない。それはすなわち、光の死は事故ではなかった――これが私の推理だ。
まるでゆっくりと咀嚼しているかのように――坂井さんはずっと押し黙ったままだった。私もまた、何も言わない。時だけが過ぎていく。
坂井さんは肯定も否定もしない。元々、無愛想だったけれど、今の彼の顔はさらに冷たく、まるで死人のようだった。
「証拠が何もないよ」
坂井さんは不敵に笑う。
「いいんです。引っ越しそばを食べ合った仲です。……細く長く、おそばで、あなたに付き合いますよ。あなたが自首するまで――あなたが全てを話し、私が全てを知るまで」
坂井さんはまだ、何も話してはいない。
木々が風に揺られて不吉に軋む。葉がざわざわと揺れるのは、悪魔の囁きのようだ。
「とんだ隣人ですね」
「……隣人とは厄介なものです」
私もまた、不敵に笑う。
光を奪ったこの男を許しはしない。光の浮気相手だったとしても斉藤に手も出させない。
坂井さんはぼそりと呟いた。
「ああ、隣人アレルギーになりそうだ……」
Fin.
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