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神楽坂愛里。彼女はいつも突然現れる。そして決まって突拍子もないことを言い出すのだ。
その日はよく晴れていた。どこまでも突き抜けるように青い空。所々に先日の雨雲の忘れ物みたいなちぎれ雲が所在なさげに浮かんでいた。
平和だ。とても平和だ。
鳥の囀りと近所の子供達の遊び声とアパートの前を通り過ぎる車の駆動音だけが僕の世界の音を構成していた。
僕は大きな欠伸をし、目尻に溜まった涙を拭う。
平和だ。とても平和だ。
僕の名前は坂井直人、24歳。大学院生として研究に勤しんでいるが、今日は休日だ。久々に実験動物から解放され、今日はのんびりとひとりで過ごすことに決めていた。午後には僕の住むアパートの裏にある山にでも行って気分転換でもしようかな、などと考えていた。自分でも優雅な休日だと思う。
気付いてはいたんだ。
僕の住む2階建ての寂れたアパートの外に引っ越し業者のトラックが1台止まっているのに。
先月、隣の201号室の人が出ていったばかりだった。早速、次の入居者が越してくるのだろう。
時は2015年。人と人との繋がりはどんどん希薄になっている。トラブルさえ持ち込まれなければどんな人が越してきても構いやしないんだけど……。
隣の部屋へと荷物が運び込まれていく。ドーン、ドンと時おり家具を床に置く音がする。防音の"ぼ"の字もない薄い壁を呪いながら、僕は諦めてテレビの電源を点けた。どうやら僕の静かな休日はお隣さんという侵略者に見事にぶち壊されたみたいだった。
1時間くらい経っただろうか。ふいに玄関のチャイムが鳴った。
玄関の扉を開けると目の前には眼鏡をかけたボブカットの茶髪の女の子が立っていた。見慣れない子だ。恐らく新規入居者。
引っ越しのトラックはいつの間にかいなくなっていた。荷物を運ぶだけ運び込んでそさくさと退散したらしい。
「あの! うるさくしてすいませんでした!」
少し緊張しているのか、大きな瞳をぱちくりさせながらも、ハキハキと目の前の女の子は喋り出す。大学生くらいかな。まだ入学したて、垢抜けてない感じがする。
背は低く、化粧は薄く、素直そうで知的そう。でも、少しだけ世間知らず……そんな第一印象。どこか田舎から越してきたのかな。
「隣に越してきた神楽坂愛里です! よろしくお願いします!」
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