57人が本棚に入れています
本棚に追加
アパートの裏山は小さいながらも木が鬱蒼と茂り、日が出ていても薄暗い。裏山に入って15分。15分もあればすぐに頂上に着いてしまうような小さな山だ。
見付けた。先週仕掛けた虫取り罠だ。
作り方は簡単で、ペットボトルの上部に穴を開け、虫の入り口を作る。ペットボトルの底には誘引剤となる液を200 mL位入れ、半日陰になるような場所の2 m位の高さに吊しただけ。
「いた……」
目当ての虫がいた。ペットボトルの罠から抜け出そうとしているのかそうでもないのか、とにかくお目当ての虫はペットボトル上部に登っては落下を繰り返している。
さて、気を付けて虫を取り出さないと。
新聞紙とマッチを持ってきた鞄から取り出して、火を点けようとする。
その時だった。
「あっ、坂井さん。何をしているんですか? 虫捕り……ですか?」
神楽坂さんだった。不思議な隣人。彼女はいつも突然に現れる。
「あ、あの……」
「スズメバチ、ですね」
神楽坂さんは僕の手元をちらりと見てからそう言った。
「……坂井さん、スズメバチは危ないですよ。そのハチをどうするおつもりですか」
「これは……」
僕が言い淀んでいると、また神楽坂さんの目がすっと細められた。
「もしかして、使うんですか、また……」
「え……」
“また”?
神楽坂さんの表情が読めない。眼鏡の奥の瞳が覗けない。僕にはそれがとても恐ろしかった。
「……人を殺すのに、使うんですか」
訳が分からなくて喉の奥から声を絞り出す。
「神楽坂さん、何を……」
「私ですか? 私は隣人として……」
彼女は唐突に現れ、そして決まって突拍子もないことを言い出すんだ。
「……あなたの全てを知りに来たんです」
くい、と眼鏡を指で押し上げて、純真そうな瞳で――全てを見透かしたような大きな瞳で僕を見つめながら、神楽坂さんはそう言ったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!