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その日はしとしとと小雨がぱらつく陰鬱な空模様だった。
僕が住む、貫禄があると言えば聞こえの良い古びたアパートの横には、三ヶ月ほど前から空き地が場所を占めており、正面の車も通らない細道に向かってテナント募集の立て札が構えられている。地方の住宅街にあるため、歩行者は休日の昼間であっても疎らにさえ見当たらない。まして火曜日の夕刻前ともなれば、買い物に出掛ける主婦も帰宅途中の学生もそうそうお目にかかれることはない。
そんな荒涼とした一帯であるはずが、もうじき郵便配達の人がバイクを唸らせてやって来るかなという頃合いになって、しっかりと流行り病に冒され三九もの熱に見舞われたため定食屋のアルバイトを休んだ僕の耳元に、見上げた先で埋め込まれた小窓の隙間を通り抜ける、人の囁くような声が届いたのだ。
圧し殺すような、聞いている側の気持ちも焦らされる不穏な声だった。
しばらくはマスクの下で咳を繰り返し、だるいのだか何だかよくわからない体を敷布団の上に横たえたままにしていた。床が固くて眠れないせいもあった。冬なのに窓側へ布団を敷いた自分を憐れむ気持ちもあった。しかしまあ、バイトで生計を細々繋ぐ独り暮しの者には寝場所を選択できるほど裕福な部屋をこしらえるなんてことは難儀な話なのだが。
それにしても、声は延々ぐずぐずと何かをもらしていた。聞こえる声質からして数は一人のようだか……。まさか変質者じゃあるまい。こんな熱の日にとんだ来訪者だ。
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