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ところが、いつしか声は失せていた。もしかしたら少しの間、気を失うように眠っていたのかもしれない。
布団を押し退けて、実家から送られてきた真っ赤な半纏に包まれた身を起こすと、単なる寒気とも異なるうそ寒い心地に体が震えた。
無音な空間で響く耳鳴りが鬱陶しい思いもあって、なおのこと外の様子を拝みたくなった。
気持ちばかりに開くと弱くも手厳しい寒風が身を引き締めた。さらに押しやってから顔をそっと覗かせて、ぼくは瞼を大きく持ち上げた。背筋に何やら奇妙な感覚が走った。
周りに人がいないことをさっと確認して、さらに首を伸ばす。閑散とした軒並みが奥へ奥へと続く景色の手前の空き地に、ぽつりと小さな影が丸まっていた。
「おお、にゃんこ……」
動物好きな僕の口は堪らず感嘆するように呟いていた。部屋にはいくつか本や雑誌も置いてあるが、当然「にゃんこ」に関するものは満を持すごとくに適宜買い揃えていた。
それにしても、あのにゃんこは隣へ引っ越してきたのだろうか。いや、それにしてはあまりに家は小さすぎた。小雨が降る日に屋根すらないとはとんだ欠陥建築ではないか。
僕は窓を閉め、覚束ない足取りのまま玄関へ向かうと、傘を一本手に持った。
錆びた鉄柵が連なる廊下へ出て、カンカンと音を鳴らして階段を下りてからその家の前まで行くと、がくがく震える身の奥で、つん、と得も言われぬ感情が弾けた気がした。
「や、やあ」
肝心な挨拶だというのに、呂律が上手に回らなかった。
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