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「そこ濡れるだろ。ほら、お入り」
そう言って傘を伸ばしながら小さな家の中を覗き込むと、自分を覆う存在に怯えもせず、家主はただただ丸まって上目遣いに見てくる。
しかし、僕はその長いひげがピンとこちらへ向けられているのを見逃さなかった。
そういえば何も手土産がないことにそのときになって気が付いて、屈めていた身を立たせた。
ちょっと待っててね。傘と共に言葉を残してから部屋へと戻った。冷蔵庫のソーセージを二つ手に握って、念のため水と紙皿も持つ。ソーセージは小腹が空いたとき用のおやつだし、紙皿もアルバイト先の定食屋から貰ってきたものだから貧乏人の僕にとっても差ほど痛手にはならない。
すっかり歯の根も合わなくなった体をもう一度お隣さんの元へ走らせた。
「これよかったら、どうぞ」
ソーセージを自分で一本くわえて、残りを差し出すが、にゃんこはピクリともせずまじまじと僕の顔だけを見つめていた。手で千切ってやっても舌先すら伸ばそうとしなかったので、仕方なく僕が食べた。
ならば水は、と思ったが、紙皿を置けるスペースなどその家の中にはまるでなかった。
「……キミも苦しい生活してるんだね」
口にしてみると思いの外、胸がチクリと痛んだ。
しばらく僕は隣人と一緒に身を丸くして、ひとつ傘の下でにらめっこをしていたが、やがて相手方が拗ねたような仕草で家の壁面に顔を擦り当て、微かに震え始めた。
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