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「……早かったか」
ぐるりと周囲を見渡してみたが、あの人の姿はない。
外れた予測にひっそりと落胆しつつ、腰を下ろして鞄を漁る。
昨日の教訓を早速活かし、今日はしっかりとスポーツドリンクを持参した。
キャップを回して一気に流しこんだ液体は、既に常温へと戻っていて少々物足りない。
仕方ないかと蓋を閉め、今度は汗拭きシートを探す。
あの人はどうせ、今日も涼やかなのだろう。俺だけ汗だくなのは何だか癪だ。
発見した小袋を手に座り直すと、ふいに視野に入った空の色は高く澄んだ水色。
同じ空の筈なのに、あちらで見るよりも綺麗に見えるのはどうしてだろう。
「いい天気」
「本当だね」
「っ」
不意に届いた通る声に、ガバリと後ろを振り返る。
「こんにちは」
っ、ビックリした。
バクバクと騒ぎ立てる心臓を抑えながら、ニコニコと笑みを浮かべるその人をジトリと見上げる。
……心臓に悪い。
足音くらい拾えそうなものだが、鳴き続ける蝉達の大合唱にかき消されてしまったらしい。
全く気が付かなかった。
「っ、こんにちは」
落ち着いて来た脈拍に、軽く息を吐き出す。
あまり服装に拘りがないのか、必要最低限しか持ってきていないのか。
昨日と同じく白いシャツに深い緑のズボン、黒いリュックを片手にしたその人が、のんびりと隣に腰を下ろす。
「大変だったでしょ? お疲れ様」
ここを登ってくる姿を思い描いているのか、クスクスと小さく笑うその人の髪は緩やかな風にサラリと流れ、やっぱり汗一つ滲んでいない。
妙な敗北感に視線を外し、小袋を鞄へ突っ込む。
水分補給より先にこっちだったか。
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