二日目

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「蝉取りって、したことあるでしょ?」 「まぁ、小さい時ですけど」 「その時って、鳴き声を頼りに探すじゃない? どこの木にいるかなって」 「そう、ですね……」 遠い記憶を呼び起こせば、確かにそうだった気がする。 頷いた俺にその人は一度笑みを作り、視線を背後の木の上へ。 「蝉ってね、鳴くのはオスだけなんだ」 「え?」 「メスを呼び寄せる為にね。だからきっと、鳴き声につられてやってきた人間はその本質に係わらず、オスにとっては捕まえに来た"悪い人間"で、メスにとっては"いい人間"になる。見逃してくれたからね」 スッと戻された目。 茶褐色の澄んだ双眼に、息が止まる。 「キミは今のところ、"いい人間"って所かな」 ザワリと胸中に広がった不安。 綺麗な笑みをつくるその人の瞳は純粋に俺を捉えているのに、その奥には知り得ない別の"何か"がチラつく。 "この人は一体、何者なんだろう" 聞いてしまえば済む筈なのに、何故か言葉にはならなかった。 もしかしたら、無意識のうちにそれ以上の追求を避けてしまったのかもしれない。 人は、恐怖心に敏感だ。 「……お水」 「え?」 話題を変えようと絞り出したワードは余りにも短絡的。 脳を無理やり働かせて、自然を装いつつ言葉を繋げる。 「昨日、もらったやつ。本当に美味しくて」 「ああ、コレ?」 確認するように取り出された水筒に、コクコクと繰り返す。 興味の対象が変われば、何でもよかった。 「井戸水だからかな? 最近じゃあまりお目にかかれないよね」 そう言いながらコップに注いで、笑顔でどうぞと手渡してくれる。 催促するつもりで話題に上げたつもりではなかったのだが、せっかくなので礼を述べてありがたく受け取った。
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