二日目

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先ほどしっかり水分を補給したというのに、急に乾きを訴えてくる喉。 ゆっくりと傾けると、やはり心地よい冷たさが身体中に染み渡る。 「水道水は苦手でね。せっかくの美味しい水も、妙な臭みがついてしまう」 勿体無い、と大きくつかれた溜息。 余程不満なのだろう。眉間に刻まれた皺はかなり深い。 物珍しさについ吹き出した俺に、その人は何か可笑しな事があったかと首を傾げる。 「どうかした?」 「いえ……すみません。そういう顔もするんだなーって思って」 「そんなに変な顔してた?」 「そういう訳じゃないんですけど……安心したのかも」 「安心?」 キョトンとするその人の繰り返した言葉が、妙にしっくりとハマって。 ああ、そうか。 俺、いま、"安心"したんだ。 「あまり表情が変わらないから……。でもなんだか今ので、急に近くなった気がします」 今まで出逢ったことのない不思議な雰囲気を持つこの人に、俺はどこか"違う"ものを感じていた。 まるでお伽話の登場人物が抜け出してきたかのような、フワフワとした違和感。 けれど、"水道水が美味しくない"という理由で拗ねる彼の表情は、紛れも無く同じ人間で、単なる一人の男性だ。 当たり前の事なのに。 俺は一体、何を。 「普段はミネラルウオーターを?」 「……時と場合によりけり、かな。手に入らないこともあるから」 「それは買い溜め必須ですね」 庶民的なワードをすんなりと入れられるのも、心境の変化が理由だろう。 その人は特に気を悪くした様子もなく、そうだねと空を仰ぐ。 「……もう、夕暮れか」 ポツリ、と零された音を合図のように、蝉達の声が一際大きくなる。 その人と出逢った時と同じ、夕立のような。
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