二日目

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「蝉時雨、ですね」 「すっかり覚えちゃったみたいだね」 「おかげ様で、一つ賢くなれました」 「それは良かった」 とはいえ、役には立たないと思うけど、と茶化すような物言いに、わかりませんよと肩を竦める。 まあ、限りなく低いだろうが可能性はゼロじゃない。 すっかり元の笑顔へと戻ったその人は遠くを見つめ、夕日の映る瞳を一度閉じてからゆっくりと開く。 「明日も、来る?」 長い睫毛の作る影が、反射する光の色を濃くする。 「っ、迷惑じゃ、なければ」 「全然だよ。……一人は、寂しいからね」 この時あの人は、この言葉の裏で一体何に思いを馳せていたのだろう。 物悲しげに響いた声は、今でも耳に残っている。 「また、明日」 モヤリとした蟠りを飲み込んで、立ち上がるその人に倣って腰を上る。 気をつけて、と片手を振るその人に思わず上がりかけた腕。 途中で思い留まり、昨日と同じく会釈を返し、鞄を回して踏み出す。 ……全然違うな。 昨日とは違い、踏ん張りのきく足元のお陰で苦労なく進める。 ガサガサと草を揺らしつつ数メートル下ってから、ふと思い振り返った木の下には、やはり彼の姿はない。 わかっていた。 それでも、ほんの少しだけ。 「……いこう」 沈みそうになる心を叱咤して、自分の作った獣道を踏みしめながら家へと足を早める。 過った感情は彼と同じ、吹き抜ける"寂しさ"。
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