三日目

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「よし、完璧」 使用済みの汗ふきシートをクシャリと握り、鞄の中へ突っ込む。 昨日までの経験上、目的地に辿り着いてからでは遅いとしっかり学んだ俺は、目的地の数メートル下で足を止めざっくりと汗を拭ったのだ。 あの人が先に来ていた場合、きっと何も出来ないだろう。 それに、連日汗だくの状態で会うと"汗の人"という印象が付きかねない。 女々しいかもしれないが、それは遠慮したかった。 目を閉じ、慣れ親しんだ蝉の声を聞きながら逸る気持ちを落ち着かせて、大きく息を吸い込む。 「っし、いくか」 気合入れ充分で進んで、捉えたいつもの大木の木陰には人影が一つ。 今日は居た、と緩みそうになる頬を引き締めつつ、登る足を早める。 その人はクロッキー帳と何かをにらめっこしていたが、物音に気がついたのか、顔を上げて俺を見つけると嬉しそうに手を振る。 「こんにちは」 「こんにちは。何描いてるんですか?」 やっぱり、先に汗を拭いておいて良かった。 ひっそりと安堵しつつ、その人の隣へと腰掛ける。 「何だと思う?」 「えー……」 ニコニコと笑顔を浮かべるその人の手元を覗き込むと、まだアタリしか描かれていない。 随分難問だなと眉を潜めつつ、汲み取れる情報から連想ゲームを始める。 二枚の羽のような楕円に、大きな頭。細く節のように伸びているのは、足だろうか。 多分、昆虫。 で、この辺りにいそうなもの。 「……蝉、とか?」 伺うような返答に、その人の目元が柔く緩む。 「正解。よくわかったね」 中々難しいと思ったんだけどな、と肩を竦めるその人に大きく息をつく。 やっぱり、わかっててやったのか。
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