三日目

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間に合いますように、と念じながら、その人と止まる蝉を交互に見遣る。 先程から静かに留まっているが、それが逆に今すぐにでも飛び立ちそうでハラハラする。 「……出来た」 細く息を吐き出しながら落とされた終了宣言。 無意識に詰めていた息をほっと吐き出すと、いつの間にかキツく握り締めていた掌がじとりと湿っていた。 さり気なく首元に掛けていたタオルで拭いつつ、その人の黒が詰まった用紙を覗き込む。 「……凄い」 描かれたその一匹は細やかな模様まで描き込まれ、今にも飛び立ちそうな臨場感を纏いながら白にしがみついている。 俺の呟きにその人はありがとう、と呟きながらスケッチブックをそっと置いて。 静かに立ち上がり、幹に止まったままのそれへ近づくと、迷うこと無く手を伸ばす。 「お疲れ様」 逃げられる、と身構えた俺の心配とは他所に、その人がその羽根をチョンと叩くと、受け皿のように丸めた掌へコロリと転がり落ちた塊。 飛出つどころか、微動だにしない。 「……どうして」 戸惑う俺に振り向くと、その人は苦笑を浮かべる。 「死んじゃったみたい」 「え……?」 「さっきの鳴き声が、最期だったみたいだね」 優しげに見つめながらしゃがみ込み、近くに落ちいた枝を使って地面をザリザリと掘り始める。 茶色い山が出来始めると、大切なモノを横たえるようにそっと穴の中へ下ろし、被せるように土を戻していく。 「ちょっとだけ、間に合わなかったかな」 枝を捨て、パンパンと手を払いながら戻ってきたその人の言葉に、あの時の焦りの真実を悟る。 『もう少し』 "生きてくれ"と、繋げたかったのだろう。 彼は、あの一匹の生のある姿を、描き留めようとしたのだから。
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