三日目

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「……気持ち悪い?」 呆然と見つめる俺に、"引かれた"と思ったのだろう。 口元は笑みを浮かべたままなのに、悲しげに瞳を曇らせるその人に「いいえ」と首を振る。 「変かもしれないですけど、"良かった"って、思っちゃいました」 「……どうして?」 「だって、アイツは見つけて貰えたから、綺麗なまま土に返れたじゃないですか」 "蝉の死骸"と聞いて脳裏に浮かぶのは、道端に転がるバラバラの身体。 歩行者に踏み潰されたり、猫の玩具になったり。 俺の知る限りでは、そんな最期が多い。 それに、比べたら。 描かれて、看取られて。綺麗に眠ったコイツの、何て幸せなことか。 「……地中で何年も過ごして、地上では七日間しか生きられなくて」 今までは、そんな事思うこともなかったのに。 早朝からけたたましく大合唱を始めるコイツ達を、疎ましくさえ思っていたのに。 「最期は踏み潰されるなんて、可哀想」」 先程の彼の行動によって"一つの生命"だと意識した途端、その一生が急に哀れになってくる。 その人は静かに目を見張り、それからフッと緩めてこちらへと戻ってくる。 小さく吹いた風によって、その人の髪と、木々が揺れる。 「……一般的には、七日間って言われているみたいだけど」 ゆっくりと俺の隣へ腰を下ろすと、すぅっと深く息を吸い込んで。 「それは人に捕らえられた場合の事でね。自然の中でなら、一ヶ月くらいは生きるんだよ」 「そう、なんですか?」 「うん。だからね」 俺はきっと、これまでになく情けない顔をしていたのだろう。 そんな悲しそうにしないで、と困ったように笑いながら、その人は白い指先を伸ばす。 頭上に感じた、重み。
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