三日目

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「……また、来年も来ますか?」 「……どうだろう。そうしたいのは山々だけど、不定期だから」 だから、と掠れた声はまるで祈るような。 「覚えてる。キミのこと、ずっと覚えてるよ」 「っ」 「キミは、忘れてもいいから」 一度強く握りしめられ、すっと離れていった指先。 追いたくなる衝動をぐっと堪え、視線は真っ直ぐ彼へと。 「忘れません」 「、」 「絶対に、忘れませんから」 この手を伸ばすことは出来ないけど。 どうかこの想いだけは。 「……ありがとう」 何かを耐えるように眉根を寄せて、それでも無理やり笑顔を作った彼に俺も笑顔で頷く。 彼の記憶に残る最後が、泣き顔では悔やまれる。 もう少し、もう少しと細やかな願いは叶うこと無く、タイムリミットは訪れる。 闇を落とす紫は、もう間もなく半分。 「……もう、行かないと」 幕切れの合図は彼の絞りだような声。 立ち上がる彼に倣い重たい腰を上げて、もう一度彼を見上げる。 きっと、記憶なんて曖昧に霞んでいくものだけど。 少しでも長く、沢山を覚えておきたくて。 「明日は、あの屋根の下から、見送るよ。きっと見えないと思うけど」 「……じゃあ俺は車の中から手を振ります。きっと、見えないと思いますけど」 オウム返しの軽い口調は、そうでもしないと耐えられないから。 きっと、彼も。 クスクス笑う口元とは反対に、射抜くような視線。 想いだけを全力で込めて、二人で小さく笑い合う。 空の色は8割が暗色。 気づかないフリは、もう出来ない。
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