50人が本棚に入れています
本棚に追加
「……さようなら」
絞り出した声は、カサつく喉を通って空間へ。
「……気をつけて」
いつも涼しい響きを持つその人の声も、微かな掠れが耳に残る。
感情に直結した足は、縫い止められたように重い。
それでも、強く心を叱咤して、力を込めて頭を下げる。
柔く笑んだその人の顔。
振りきるように背を向けて、すっかり道となった草の間へ一歩ずつ潜り込む。
暗さを落とす影の中は、余計に思考を染めていく。
「……」
早めた足に、戸惑ったのは一瞬。
いつもなら振り返るその場所。
それでも、今日は。
「っ」
振り返ったその先に、いつものようにただ揺れる木々だけを写したら、心臓が潰れるようにキツく締め上げられるだろう。
それか、もし。
もし、あの瞳で見送る彼を見つけてしまったら。
きっと喉の奥でヒリつく感情が、一気に溢れだしてしまう。
--さようなら
唇をキツく噛みしめて、視線は先を捉えたまま駆けるように進みゆく。
自分を守ることを優先した俺にも、記憶の中の彼は優しく微笑んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!