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ある程度進んで行けば、長く見えたこの道にも当然終わりがやってくる。
散歩、にしては余りに短すぎる。
どうしたものかとぐるりと見渡して、視界に入ったのは少し先の小山。
長いこと人の手の入っていない傾斜には伸び伸びと成長した雑草が茂り、上に行くにつれて木々が密集していく。
昔はやれ探検だ虫取りだと登っていたが、ここ数年はサッパリだ。
「……行ってみっか」
普段の俺なら登ろうだなんて思わないが、再び身を置く退屈を考慮すれば、目の前の其処は手頃でいい"暇つぶし"に思えた。
自由気ままに鳴き続ける声に惹かれたのかもしれない。
ポケットに手を突っ込みながらノロノロと足を向け、間近で見た茂みの迫力に少しだけ尻込みしつつも、そのまま一歩を踏み込む。
草花がガサリと沈み、小さな楕円の跡が残る。
サンダルなんかで来るんじゃなかった、と後悔し始めたのは割りと序盤で、それでも引き返さなかったのは細やかな意地だ。
出来るだけ草の少ない箇所を選びながら一心不乱に上り続け、日々の運動不足が祟った足が限界を訴え初めたのが数分前。
そして重力に従って転がり込み、冒頭の彼との出会いへ繋がる。
「……せみしぐれ?」
突如の展開に追いつかない脳が、拾った言葉を反復する。
覗き込んだままのその人はニコリと笑みをつくり、そう、と短く肯定する。
「こうやって蝉達が一斉に泣き出すことを、"蝉時雨"って言うんだ」
声の主たちを探すかのように、木々の方へ視線を流してその人の顔が離れる。
目にかかった前髪がそよぐ風に揺れ、その奥の瞳が再び自身に戻される。
「大丈夫?」
「あ、はい!」
うっかりフリーズしていた。
大の字に寝転んだままであった事に気づき、慌てて上体を起こす。
落ち着いた茶色の髪に、派手ではないが整った顔立ち。
汗だくの俺とは対照的に、日焼けを知らない肌の上で白いシャツが風に踊る。
こんな人、いたっけ。
歳は自分よりも上に見えるが、それでも十分"若い"域だ。
婆ちゃんと同じくらいの高齢者が多いこの辺りをうろついていれば、"若い男がいる"と直ぐに噂が広まるだろう。
けれどもそのような話は、一切耳にしていない。
「水で良かったら飲む?」
「へ?」
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