五日目

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長い長いと思っていたのに、終わってしまえばあっという間だったと感じるのは毎年のこと。 まだ暑いのに、と不満を引きずりながら、大して頭に入ってこない講義を淡々と受けていく。 あれから三週間。 約束した彼のスケッチブックは、まだ届かない。 忘れてる……? いや、そんなまさか。 細かいことも覚えていた彼の性格を考慮すると、ついうっかりという可能性は極めて低い。 だとすると、まだ描き続けているのだろうか。 "ひぐらしさん"の目に映った、沢山の思い出を。 「なにボーっとしてんだ。終わったぞ」 「え、あ、わり……」 隣に座っていた友人に肩をつつかれて捉えた教壇には教授の姿はなく、端までびっしりと使われていたホワイトボードもすっかり綺麗になっている。 しまった、と頭を掻きつつ変に途切れたノート閉じながら、「風邪でもひいたか?」と心配そうに覗きこんでくるソイツに、大丈夫だと肩を竦める。 夏の記憶に思いを馳せていたなんて、とても口には出来ない。 「この後さ、佐々木達と合流すっけど、お前はどーする?」 「あー……今日はやめとく」 「の方がよさそーだな。しっかり寝とけ」 「サンキュ」 ノートは今度見せてやるよと意地悪そうに歯を見せて、鞄を担いだソイツに手を上げ自身も荷物を鞄に押し込める。 体調不良だと捉えられたようだが、今はむしろ好都合だ。 今日は気分が乗らない。それに、早く、帰りたい。 根拠のない一握りの期待を胸に足早に帰路につき、寄り道もせず真っ直ぐに自宅へ向かう。 信号待ちで確認した携帯にも特に連絡は入っていない。 まぁ、仮に何か届いた所で、母さんが連絡をくれる保証もない。 「……ずいぶん減ったなぁ」 ほんの数日前までは、自宅近くの駅では大音量の夏の合唱が響き渡っていた筈だ。 けれどもすっかり晩夏も終盤となった今では、時折寂しく響く程度。 夏が終わる。 実感した頭の片隅で、『もう諦めろ』と声がする。 夏の小さな思い出だと。そう、宥めるように。 「……あ、」 唐突に気がついた事実。 「住所……教えてない」 そう、あの時に聞かれてなどいないし、書き置きを残した訳でもない。 というより、よくよく思い返してみれば、自分の名前すら告げていないじゃないか。
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