五日目

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「嘘、だろ」 馬鹿な自分に脱力し、膝から崩れ落ち屈みこむ。 宛先も宛名もわからない人物に荷物を送るなんて不可能だ。 彼もうっかりしていたのだろう。 勢いで「送る」と口にしたが、肝心な部分が抜けている事に気がつかなかったのだ。 いくら待っても来ないワケだ。 頭を抱えて大きな溜息を一つ。 全て吐き切ってから、重たい身体を何とか起こし、引きずるように足を動かす。 手紙でも出そうか。 もう、あの家には居ないか。 もしかしたら、母さんなら何か知っているかもしれない。 グルグルと回る思考。 いつも以上に捻って捻って、僅かでもと可能性を探る。 どうしても諦められなかった。 たった一つだけ残されている、彼との繋がりを。 辿り着いた自宅の門を開閉し、階段を二つ上がる。 玄関に手をかけて、開こうとした瞬間。 「、」 足元に転がる、小さな黒い塊。 よくよく見れば仰向けの、一匹の蝉。 「し、んでるのか……?」 ソロリと近寄ってみても、宙へ放り出された足はどれ一つピクリともしない。 屈みこんでみても同じ。 恐る恐る伸ばした指先でツンとつついてみても、同じ形のまま揺れただけで、やはり反応はない。 今までのオレなら、踏まないように跨ぐだけでそのまま放置していただろう。 けれどもあの日の光景が、脳裏を過って。 「……」 出来るだけ優しく、力を入れないよう摘み上げて掌にそっと乗せる。 枯れ葉のように軽い身体が転げ落ちないよう注意して、壁沿いを回り薄暗い裏へと踏み入れる。 目についた小枝を拾い、湿った土をガツガツと削って作ったのは小さな穴。 ゆっくりと手の内の塊を横たえると、茶色い土の上に緑色がよく映える。 そこでふと、手が止まる。 羽に散りばめられた黒い紋は、どこか見覚えがあるような。 「……気のせいか」 「さよなら」では冷酷だし、「おやすみ」ではキザ過ぎる。 浮かんだのは生を全うした彼へ捧げる慰労の言葉。 「……おつかれさま」 またいつか、と心の中で呟いて、そっと土を被せていく。 静かに眠る彼は事切れる刹那、新しい来世に希望を抱いていたのだろうか。次は別の生物にと、強い願望に苛まれていたのだろうか。 それとももう目覚めたくないと、疲弊しきっていたのだろうか。 再び土に還った今、一体、何を思うのだろう。
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