五日目

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「よっ、と」 たいして汚れのない両手をこすりあわせ、立ち上がって玄関へ。 いつも通り軽く発した「ただいま」に、母さんの声が返ってくる。 「早いじゃない、珍しい」 洗濯物を取り込んでいた母さんは覗いたオレの顔をしげしげと観察して、問題ないと判断したのか「手、洗ってらっしゃい」と再び動作を再開する。 荷物を下ろし、洗面所で手洗いうがいをしっかり済ませ、それから台所へ。 コップを取り出そうと近づいた食器棚の足元に、見慣れないダンボール箱を見つける。 「……?」 興味本位で覗きこむと、半分だけ開かれた中にはゴロゴロと詰められた野菜。 婆ちゃんからだったらしい。沢山貰って帰ったというのに、気が済まなかったのだろう。 「……これは?」 閉じられた半分側の上に乗せられた、厚みのある茶封筒。 手にとるとズシリとした覚えのある重みが、記憶を呼び起こす。 まさか。 大きく鳴り響く鼓動を耳で感じながら恐る恐る裏返すと、左下に流暢な書体で『日暮』の文字。 「っ、」 あの人だ。 バクリバクリと騒ご立てる胸にしっかりと抱きしめて、自室へと階段を駆け上がる。 しっかりと閉めた扉に背を預け、緊張に汗ばんだ指先で慎重に開けた封。 顔を覗かせた、見覚えのあるスケッチブック。 「忘れてなかったんだ」 嬉しくて嬉しくて、発した声は殆ど掠れていて。 そっと捲った表紙の二ページ目から、覚えのある景色が広がる。 細かく濃淡の付けられた白黒の鮮やかな風景。 数ページ続いた所で、突如現れた簡素な水筒に思わず笑みが溢れる。 これはあの人の持っていた、何度か手にしたあの水筒だ。 「こんなのも描いてたんだ……」 めくり上げると再び風景画が数枚続き、今度は丸い物体の絵。 そう。オレが渡した、あの時のゼリーだ。 「やっぱり違和感あるって」 あの時の制止に「そんな事ないよ」と笑んでみせたあの人に小さく苦笑を零して。 更にページを捲っていく指先が、現れた一枚に止まる。 白い盤面の上に鎮座した、一匹の蝉。 繊細な造りまで細かく描かれた羽には、散らばり主張する黒い紋。 「……おなじ、だ」 先ほどの既視感の理由は、コレだったんだ。
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