一日目

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未だポカンと見上げる俺の横で、その人は新しいものが無くてごめんねと申し訳なさそうに一言おいて、傾けた水筒から流れだした水で手にしたカップを綺麗にすすぎ、再度注いで差し出してくれる。 知らない人からモノを貰ってはいけません。 幼い頃の母の忠告が一瞬頭を過ったが、その人の表情からは純粋な善意しか感じ取れない。 断る事の方が失礼に思えて、戸惑いつつも手を差し出す。 「あ、りがとうございます」 おずおずと受け取ったプラスチックの容器から伝わる、ヒヤリとした冷たさ。 唐突に自覚した喉の渇きに、本能のまま口に運ぶ。 サラリと喉を通った冷たさが熱った身体にジワリと染みこみ、溜まっていた疲労が洗い流されるようだった。 この辺りの水ともミネラルウオーターとも、また違った美味しさ。 「……おいしい」 「良かった。まだまだ暑いからね、水分補給は大事だよ」 もっともな意見にバツが悪くなり、視線を手元へと落とす。 熱中症対策はしっかりと、連日耳にタコが出来るくらい至る所で"こまめな水分補給を"と呼びかけられている。 こんな手ぶらの状態で倒れこむまで"散歩"をするなど、以ての外。 「……スミマセン」 すぐに戻るつもりだったんだ、と心の中で言い訳を連ねつつも、ここは素直に謝っておく。 先程の水を恵んで貰えていなければ、乾きと戦いながら駆け足で家へ戻る事になっていただろう。 わかればいいんだ、とか"大人"な言葉を予想しつつペコリと頭を下げると、返って来たのは意外にも困ったような戸惑ったような声。 「ごめん。言い方が悪かったね」 咎めるつもりじゃなかったんだと、頬を掻くその人に面食らいつつ、いいえと首を振る。 いい人、なのだろう。なんせ見ず知らずの俺に、お代わりまで勧めてくれるのだから。 有りがたく受け取った二杯目を口にしながら、隣に落ち着いたその人をチラリと盗み見る。 深いグリーンの長ズボンに、袖口を緩くたくし上げた長袖のシャツ。 服装はシンプルなものなのに、落ち着いた雰囲気と通った鼻筋のせいか何処か知的さが漂う。 ゆるゆるの半袖ティーシャツに七分丈のスウェットズボンと、リラックスの限りを尽くす俺とは大違いだ。 「……暑くないですか?」
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