五日目

6/7
前へ
/41ページ
次へ
『けれどもそれは、無理な願望なんだ。  決められた終わりは待ってくれない。例えどんなに足掻こうとも。  だからこのスケッチブックは、キミに持っていて欲しかった。  二人で過ごしたあの眩い時間は確かに存在したのだと、どうかキミは覚えていて。』 「ど、いう……コトだよ」 決定的ことは書かれていない。 けれども頭を過るのは、"最期の別れ"のようだと。 『押し付けがましいのはわかってる、でもどうしても、譲れなかった。  こんなにも此処に未練が出来るなんて、思ってもいなかった。  でもこれも、とてつもない幸福なんだと、今ならわかるよ。』 「みれん、」 音にした単語に、どんどん鼓動が早くなる。 あんなにも身体中を巡っていた熱が、頭上から一気に冷えていく感覚。 『もう、会えることはないけれど、それでも"もしも"と繰り返してしまうんだ。  例えカタチは違えども、もう一度、会えたらって。』 「っ!」 衝動に部屋を飛び出し、階段を駆け下りる。 「母さん!」 「あら、おやつなら冷蔵庫に何か…」 「婆ちゃん家の近くの、丘の上。青い屋根の家に、"日暮"さんって人住んでる!?」 『一目だけでいいんだ、たった一目、その後ろ姿だけでも映すことができたなら。』 オレの勢いに目を丸くしながら、母さんは頬に手を当てて。 「ひぐらしさん? 聞いたことないわねぇー……あのお家には確か室田さんっておばあさんが住んでらしたけど、数年前に娘さんの近くに行かれてから空き家だったと思うけど……」 「え……?」 「娘さんも"室田"だった筈だけど……まぁでも、ご親戚の方とか、お孫さんなら姓が違う可能性もあるんじゃない?」 『そう、強くキミを想いながら、眠りにつくよ。』 「そっか……ありがと」 『執恋に折れた"誰か"が、うっかり叶えてくれるコトを祈って』 そんな、まさか、でも。 可能性が脳を掠める度に、冷えた血液が支配する。 馬鹿げていると、自分でもわかっている。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加