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うららかに晴れわたった爽やかな五月のある平日。
わたしは娘のつむぎを幼稚園に送った後、夫の野上と経営している古本屋カフェの店舗へ出勤した。
「あ、セリさん。お疲れ様です」
一足先に出勤して、店の中の掃除をしていた野上が顔を上げて声をかけてきた。開店時間は昼過ぎなのだが(ほぼ住宅街といっていい立地で、午前中から古本をみながらお茶を飲みに来てくれるお客様はそんなにいるもんじゃない)、どちらにしろ二階の仕事場で朝から働くので、出勤してきた時にある程度開店準備を済ませておくのが習慣となっている。
「つむぎは元気に行きましたか?」
今年は入園して二年めになるつむぎだが、去年一年めはなかなか幼稚園に馴染めず園の門の前で座り込んでわぁわぁ泣いたりして、大変に手こずった。わたしと野上、幼稚園の先生とでなだめたりすかしたりしてやっとのことで通園させていた時期が長かったので、その記憶がまだ鮮やかに残っている野上は、必ずそう尋ねるのが習慣になってしまっている。
「元気ぱんぱんだよ。もう何か月も幼稚園で泣いてないから、すっかり馴染んだんじゃないかな。心配いらないよ。友達もできてるし」
一旦幼稚園に通うことを受け入れてしまうと、今までのあの苦労は何だったんだ! と思うくらい幼稚園好きの子どもになった。今日は鯉のぼりを作るんだとか柏餅を食べたとか、遠足がどうだとか、その日幼稚園であったことを毎日ぴいぴい喋り散らす始末である。わたしは幼稚園なんて、こんなに楽しみに通ってたかなぁ。記憶がないだけかもしれないけど。
野上はほっとしたように相好を崩した。
「それはよかったです。去年は大変でしたからね~、何しろ」
「やっぱり年下の子が入ってくると、あんまりみっともないことはできないって感じるのかもね、小さいながらも」
野上が掃除用具を片付けて、カウンターの方へ近づいてきた。
「紅茶淹れようか?それとも野上もコーヒーがいい?」
「どうせセリさん、自分はコーヒーなのに…。わざわざ俺に別のもの淹れてくれようとするんだから。一緒のものでいいんですよ」
カウンターへ入り際に、すれ違いざまにわたしの頭をくしゃっと撫でていく。なんかお前、最近馴れ馴れしいぞ。って夫婦か。なんか未だに微妙に違和感あるな。慣れないなぁ。
「コーヒーだったら俺が淹れますよ。俺のが上手いし」
手早く準備に取り掛かる。
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