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「ヒロ先生っ、あのっ! 今度の試合、1ポイントでいいから取ってみたいですッ!」
保護者達は飽きないお喋りに夢中、ガキンチョ達は暗闇に紛れて鬼ごっこに夢中。
ギャーギャー騒がしい道場の外、今は21時。稽古が終わったいつもの風景が今日は少し違った。
750ccのバイクにまたがる寸前の俺、メットはシールドを下げて装着済み。
いかにもお疲れ様でしたサラバ状態の野郎の傍で叫んだのは小学4年生の竜太。俺を見上げた黒縁メガネのちっこいレンズには普段は暗いと不評の街灯が真上の1等星よりもキラッキラに映り込んでいた。
目の前には輝くメガネと顔がアンパンのヒーローにそっくりのプクプク笑顔。見渡せば右へ左へ雄叫びを上げながら走り回るガキンチョ達。
大騒ぎをしている元気いっぱいのチビ達に比べて俺を見上げるメガネは仰天発言後はジッと黙っているガキなんだけど、きっと良い返事が帰ってくると俺の言葉を待つその真っ直ぐな瞳はギャーギャー騒ぐチビ達よりも熱い野郎に見えた。
ここの道場に通い続けて15年、生徒の中では最年長22歳の俺。それだけチョイスをしたら聞こえは良いかもしれない。
けどれども真面目とは程遠く明らかにサボり癖がついているし、久々に顔を出してはジイさん先生に『茶髪とピアスをどうにかしろ』と怒鳴られてはハイハイと生返事をするふざけた生徒。つまり予定がフリーな時だけ汗を流しに来てるってだけだったのに。
おいおい、なんでそれを俺に言う?
つまり道場で頼られたってのが初めて。戸惑っています感満載の表情はシールドで隠れて助かったけど、それよりも『コイツ』が熱いセリフを吐いたって奇跡に反応した指先が顎を絞めるベルトを緩めメットを外した。
好青年には見えない明るい色の頭を晒し、フウーッと息を吐きながら長い前髪を掻き上げる。
小学生相手なんだから少しは愛想笑いくらいしたらいいんだろうけれど。そんなもん苦手な俺はニコリともせずに竜太を見据えた。
「1ポイントでいいんか?」
「うんっ!」
普通ならただの子供のワガママじゃねーのとか、気紛れだろマジにすんなとかのレベルの話かもしんない。
問題は『1ポイントでいいから取ってみたい』と誰が言ったかなんだ。
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