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正座で向かい合う俺とチビ。
目の前のガキに一晩考えた作戦を熱っぽく吐いてみたものの、視覚嗅覚が現状についていけず軽く混乱をしていた。
五感が狂う……俺の中の野性的な格闘魂に平和の温い風がなだれ込む。いかん、意識するな飲み込まれる。俺は空手を教えに来……教え……。
なんで俺は今ここにいるのだろう。
竜太曰わく、この畳の部屋は母親と一緒にハンガーラックやチェストを隣の部屋に移動して、俺との稽古に備えて拭き上げをしたらしい。わざわざ部屋を広く作って待っていたのか。ちょっと泣ける、が、ちょっと違う。
部屋の至る所にディスプレイのセンスの欠片もないシールがベッタベタ。正面に猫の妖怪、狛犬の妖怪、振り返ると不気味にイケメンな人面犬。四方八方から俺を見つめる妖怪達。
竜太の背後に位置する襖には和紙の表面積を侵食しまくっている巨大なポスター。赤色の猫の手が千手観音並みに無数に描かれており、目を吊り上げながら上段追い突き逆突きの爆裂連打をしていた。
どうして他人の家の匂いって千差万別なんだろう。目の前の呑気な笑顔から滲み出たものなのか? イグサの香りが少しもしない畳の部屋は眠気を誘う甘いホットミルクみたいな匂いがした。
背筋を正したまま俺の話に首を真横に傾げた竜太を見て、俺の眉間にシワが寄る。
オイオイ大丈夫か? 意味がわかんねえのかな。難しいの一言も言ってないぞ。
「あの、ヒロ先生質問です!」
「だから先生じゃねえって。質問って何」
「あの、蹴りとかは~?」
お前そうゆーレベルの話をすんのかよ。
蹴り? まさか蹴りとか大技を出したらポイントが取れるかもって思ってたわけ!?
あーっ……けど俺の小学生の時も同じ思考をしていたな。蹴りへの憧れ。前蹴りの稽古をサボって格好良い360゚蹴りの練習をしてた。ジイさん先生にボッテリ叱られたのは確か4年か5年の時。同じ子供だし男子なら突きよりも蹴りに憧れるのは当然か。
あんまり正直に言うとガッカリとかメソッたりすんのかな。子供に対して何処までツッ込んだ話をしたらいいのやら。
大技に走りたい気持ちはわかるけど今日練習しただけで明日どうこう出来るレベルじゃない。今の竜太がヘニャ蹴りを出したらすぐさま脚を掴まれて懐に突きをもらうのは目に見えていた。
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