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やる気はあるんだ。ガッカリさせちゃいかん。断りながらテンションをアゲさせなきゃってかなり難易度が高い。
「あー、蹴りかー。蹴りは足を上げるだろ? 足は手よりも重いんだ。お前の蹴りは格別速いってわけじゃないのにそんな重いもん振り上げて相手にはどう見えると思う?」
「うーん?」
「ミエミエってやつだよ。そんなのパンッて払うかピュッと下がれば当たんないって直ぐわかる。今のお前の蹴りは試合で通用しない。意味わかるかな?」
「はいっ!」
「1ポイントの確実性がある練習をしよう。試合は明日なんだし」
「はいっ!」
俺らの空手は伝統空手の流派だ。試合形式は『寸止め』と言われる『相手にタッチでポイント制』。本気で一撃で倒す流派の試合ではないので一撃必殺の力強い技よりも、相手の隙を狙いポイントを取るスピードが求められる。
「だから徹底的に奇襲、1で攻撃。避けられないなら自分が先に動いて上段に突きを入れる! わかった?」
「はいっ!」
いっつもその場にいて動けない竜太が『1』でダッシュ攻撃の意味がわかってくれた。いい子いい子よしよし。ここからが始まりだな。
「んじゃ始めるぞ。立て」
「はいっ!」
「白線と赤線の距離的には……竜太は襖の前で構えろ。畳の緑色の線に立て。俺は対戦相手の役だからこの位置くらいか。『始め!』の合図で直ぐ俺の胸に追い突きを入れる練習をしよう。メガネを外せ」
「はいっ!」
他のガキは声が小さいってジイさんに叱られてんのに。竜太の『はいっ』は聞いていて気持ちがいい。
サボり魔の茶髪野郎にもいちいち素直をぶちまける純粋な態度が俺の心を引き締める。竜太に教えても意味があるのかと不安でいっぱいだったのに。
最初は大丈夫かコイツと寄せた眉間のシワ。けれども無垢な元気返事を聞いた後の方がますます深くなっていく。
アパートでバタバタは近所迷惑になるからと竜太の母親に言われたタイムリミットは21時まで。つまりあと2時間20分。
これだけしか時間がない。睨んでも壁掛け時計は止まらない。眉間のシワも無くならない。
竜太の背丈に合わせうんと腰を下げ、右前足で前屈姿勢。装着した赤グローブを胸に何度か叩きつけ、ここに来いやと煽らせる。竜太も白い小さなコテを前に出し構えた。急に静かになった部屋に隣の部屋のTVの音が響く。
「始め!」
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