§ 第1章  飛鳥川の淵瀬 §

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「一太。高校生のお姉さんの後ろにちゃんと並ぶのよ」 「うん。分かっている」 本の返却で図書館へ寄った秀美と一太は、神社のお祭りに立ち寄ることにしたが、三歳の子どもなら当然出店に寄りたがる。しかしながら一太は秀美と手を繋いで奥へ進んだ。 彼女の名前は秋山秀美(あきやまひでみ)。子持ちの未亡人である。 秀美の子、一太は不思議な子供だった。一太はお賽銭箱の前に立つと天井をしげしげ眺め、「この神社は古いんだね」と、呟いた。それから前を向いて、 「保育園でお友達が出来ますように。それと僕にお父さんが出来ますように……」両手を合わせて切に祈っていたが、それとは別に一太はこれから起こる未来を予感し悟っていた。一太はそれを母に話さなかった。 秀美は幼い子供がどんな未来を見ていたのか知らなかったが、彼女はあどけない一太に少し微笑むと急に真顔になった。 「新しい環境で、どうか新たな出発が出来ますように……」 秀美にとって一太は大切な宝だった。夫を亡くしてから母子二人の生活に不安を感じていたけれど、秀美は静かに手を合わせ後悔のない人生を送りたいと思った。 ところで秀美はある人物とここで出会っていた。秀美の目は一般の参拝客に映っていたに過ぎないが、実はこの先何度も出会うことになる。その意味を一太だけが知っていた。 彼は父親を失った時に運命という重い画像を背負い、未来へ舵取りをしなければならない宿命を追っていたが、一太の母は何も知らずこの世で生活し、前向きに生きようと一心に神社で祈っていた。 一太は平凡に生きようとする母を横目で見ていたものの、秀美の人生がよもや別世界の波に乗り、少しずつその歯車を回されていたと言っても信じないであろうと思った。一太は子供だが決して平凡な子ではなかった。
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