§ 第1章  飛鳥川の淵瀬 §

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                 新たな出発 忘れもしない一年前のこと。秀美の夫が海外出張へ出掛けたまま、飛行機事故で帰らぬ人となった。突然の悲しみに酷く苦しめられその日以来秀美の人生は真っ暗になった。 幼い息子とどうやって暮らしてきたか、秀美は殆ど記憶になかったけれど、ただ我武者羅に生活していたことは確かだった。 三月末日。新しい命の芽生える時季、春である…… 秀美は図書館帰りに三歳の一太を連れてお墓参りに行った。 「誠也さん。一太はあなたに似てとてもいい子ですから」 線香を置いてお墓の前でそっと手を合わせ静かに囁いた。実は秀美の夫に双子の兄がいた。彼の名前は秋山真也(あきやましんや)と言ったが、顔はそっくりでも性格は違っていた。ただ瓜二つのため葬儀も法事も秀美は真面に顔を見られなかった。 「いつまでも真也さんを避けていたら失礼よね」 少し笑って故人へ話し掛けた。すると、 「秀美さん」彼女の瞳が大きく開いた。その声はまさに夫だった。 「あっ……」 「偶然だね。今日は誠也の命日だから仕事を休んで来たんだ。秀美さん。元気そうだ」 真也は線香を置くと秀美に微笑んだけれど、どことなく無理のある作り笑顔だった。 「秀美さんはこれから仕事?」 「あの……」いざ彼が現れるとただ戸惑うばかりの秀美だった。 「あの……。仕事は明日から始まります」 秀美は遠くを見つめながら、か細い声で答えたがそんな秀美に関係なく、一太は伯父の周りを嬉しそうにくるくる回った。そしてピタリと真也の足に纏わりついた。 一太の父を亡くしてから、傍にいた男の人は祖父ぐらいだ。だから父に似た彼へ自然と親近感がわいたのだろう。一太は嬉しくてたまらなかった。 さて真也はなぜ秀美が彼を避けていたのか薄々分かっていたが、義理の兄とは言え二人へ何も出来なかったことを酷く切なく思っていた。
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