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「ねえ。君さ。何考えてんの?」また同じ質問だった。秀美は疑問に思い、ふと顔を上げた。すると正面の男性と目が合った。
「悲しい顔して、さっきから何考えてんの?」
(私。無意識にそんな顔してたんだ……)
そう思ったら急に涙が込み上げ秀美は俯いた。暫くして、「どうぞ」と、男物のハンカチが差し出された。
「君さ。何か訳がありそうだね」彼にそう尋ねられたけれど、
「あの。自分のを使いますから」秀美はポケットにあったハンカチで涙を拭いた。
男は食事をせず秀美を眺めていたが、彼の白いワイシャツの襟とネクタイの締め方できっちりした性格が窺えた。
秀美は定食を全部食べ終えてなかったが席を立った。すると彼が、「それ、残すの?」って、尋ねた。
「えっと……」そう言いかけたものの秀美はどういう訳か再び座り直して、じっと彼の顔を見た。本当にまじまじと見つめれば、天然でくりくり頭の彼と、どこかで会ったような気がしてきた。
「ごめんなさい。見ず知らずの人に親切にして頂いて……」
秀美は丁寧にお辞儀をしてから席を立った。
「見ず知らずね。入社して十日目だけどな」彼はぶつぶつ呟くと、豆腐の味噌汁を片手で啜った。
食堂を出た秀美は気分転換に会社の中庭へ足を向けたが、外は清々しい天気で嫌な思いを全て忘れた。彼女は歩きながらちょっとした木陰を見つけて芝生の上に腰掛け水色の空を見上げた。コッペパンのような雲がふんわり浮かび、風に押され右から左へゆっくり流れていた。秀美は他人へ迷惑を掛けたくない一心で、一日でも早く仕事を覚えようと頑張っていたから春風で動く雲にほっと癒された。それからのんびり職場へ戻った。ところが、
「あら? 食堂で会ったハンカチの人だわ」秀美は驚いた。
彼の机は秀美の席と然程離れていない。そう言えば入社した日に事務所を案内をした大川君が、
「ここは課長の席です。鬼より怖い課長でして、はははっ……」
と、笑って説明していたのを思い出した。その時秀美は、
「えっ、鬼ですか?」思わず尋ねた。
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