おばあちゃんの飴玉

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おばあちゃんの飴玉

 三歳の娘が最近、家事でちょっと目を離した隙に姿を消すようになった。  名前を呼び、探し回っていると、どこからともなくえへへと笑って現れる。  どこにいたの? と聞けば、『かくれんぼ』と言う。  視界からいなくなれば心配で必然的に私が探すから、それが楽しくて姿を消すらしい。  娘にとっては遊びでも、探す間、こちらは気が気じゃない。まだ三歳だから、家の中でも一人では危ないと思う場所はあるし、隠れ場所の範囲が広がって外に出るようになったら大変だ。  たがら強めに注意をするのだけれど、まるで懲りずに同じことを繰り返す。でも昨日、その理由がやっと判った。  娘の服のポケットから、与えた覚えのない飴の包み紙が出てきのだ。  いったいこれを誰にもらったのかと聞くと、最初は言葉を濁していたが、隠し通せないことを理解したらしく、隣の家のおばあちゃんだと白状した。  きっかけが何だったのかは娘ももう覚えていないらしいけれど、たまたまお隣の家に入り込んだら縁側におばあちゃんがいた。  どこの子かと尋ねられ、素直にあれこれ答えたら、いい子ねと飴をくれた。それがとてもおいしくて、かくれんぼのフリで隣家へ行き、おばあちゃんの話し相手になって飴をもらっていたらしい。  他愛もない話だが、躾的には、勝手にお隣へ入ったり、母親である私に聞くこともなく飴をもらい、しかもそれを食べていたりと、問題点はたっぷりある。  だけどそれら総てがどうでもよくなる程、この話を聞いた瞬間、私は恐怖で全身を総毛立たせたのだ。  隣の家のおばあちゃん。私がここへ嫁いで来た時、挨拶に行ったらにこにこと笑いかけたくれたおばあちゃん。飴が好きで、いつも飴の入った袋を抱えており、訪ねるとそれをくれたおばあちゃん。…娘が生まれた翌年に亡くなったおばあちゃん。  お世話になった人だけど。  娘の誕生をこの上なく喜んでくれた人だけど。  本当に本当に、とても優しかった人だけど。  でも、母親の立場から、娘がもうこの世にはいないおばあちゃんと会い、飴をもらって食べているという事実は受け入れられない。  その幽霊がどんなに心優しくても、我が子がもう存在しない人と関わり、食物をもらっていることを恐ろしいとしか思えない。
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