歯がゆい現実の迫間で

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「でももちろん、今みたいに初めから落ち着いていたわけじゃないのよ。実際、一度別れてるしね」 「えっ!」 「ふふ、耐えきれなくなったの。24時間、音楽ばかりで。ほかのプロデューサーはもっとバカンスや休みをうまくリフレッシュに使っているのに、彼は私との時間さえつくってくれないって。関心を失ったのかしらって」 「サオリさんから別れたんですか?」 「そう。あっさりしたものだったわ。気持ちはあるのに、一緒にいることが辛い、淋しいっていうのは」 「…分かります」  ふとかつてつき合っていた会社の上司を思い出す。 「でも彼のイメージや意図を一番に翻訳や通訳できるのが私だったから、結局仕事で顔を合わせているとね」 「どちらから?」 「エドよ。気持ちは落ち着いていたけれど、でも嫌いで別れたわけじゃなかったから。時間が経って、諦めたわ。私もエドが楽しそうにしているのを見るのが好きなのね、もう開き直ろうって。別れに懲りたのか、エドも前よりは私との時間をつくるように意識してくれているから、…お互いに、落ち着く距離が少し見えたという感じかしら」 「落ち着く距離…」 「そう。お互いがお互いのライフバランスをとる中で、一緒の時間をつくっている、という感じかしらね。私たちの場合、それが一番適した距離感なの」 「サオリさん、サオリさんから見て、私と一哉くんの距離ってどう見えます?」 「そうね、だいぶ近いと思うわ。どちらかというと、トーイくんが涼さんを大好きなのね。それはもうこの1ヶ月で充分なくらい、見せてもらったわ」  くすくすとサオリさんが楽しげに笑う。 「いつだってあなたの気をひいて独り占めしていたいように見えるわ。トーイくんにとって、涼さんがすべてなのね。本人がどこまで意識しているかは分からないけれど」
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