歯がゆい現実の迫間で

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 ぞくり、とする。  前に私が一哉くんの母親関係で廃工場に囚われていた時、その犯人を殺す寸前まで殴り、蹴っていた、その狂気を思い出す。  カサノヴァの廣瀬くんに対してもやけに過敏だった。 「例えばよ? そう感じるくらい、彼にはあなたが大事。それはいいことだけれど、いつか板挟みになる。あなたと音楽との間で。少しずつでも、そのバランスをとらないと、あなたもトーイくんも苦しむわ。そのことが音楽に活きることだってあるかもしれないけれど、でも芸能の世界は悠長な解決を待ってくれるほど遅くないわ。今はもうサイクルも早いし、音楽だけのために勝負しに来てるフォロワーは五万といるから」 「…」  静かに微笑しているサオリさんに何も言えなかった。問いかけられた言葉の意味の奥に、私の覚悟への眼差しがある。  小さく張り詰めている空気を破るように息を吐いた。  まるでエドに言われてるみたいだった。 「偉そうにごめんなさいね、涼さんが危惧しているように、世界で勝負するのが簡単じゃないのは、エドを見てると分かってしまうから」 「はい…」 「まあ私自身、こう思えるようになったのも最近だけれど。エドは、今でも音楽が第一。それでも、私には、そういうエドとエドのつくる音楽をひっくるめて好きなのよ。涼さんは、トーイくんに、どうなってほしい? トーイくんとどうなっていきたい?」  トーイとどうなりたいか。  一哉くんとどうなりたいか。  単に一緒にいられたら、なんて無責任な話はできない。  私はまるで鏡のように静かなサオリさんの視線に、そっと目を伏せた。  答えは、たぶんもう出ていた。
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