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答えなんて出ない。
エドもすぐにとは言わなかった。
何がトーイの、そして一哉くんのためなのか。
離れることが彼にとってのベストならそうすべきだと理屈では分かっている。
でも恋人として、それは辛かった。
どうしたらいいのか、分からない。
レコーディングでマンハッタンに来て、1ヶ月経とうとしている。
その中でプロデューサーであるエドが判断したことだ。
そう判断されてしまうような接し方をしてきたつもりはなかった。でもいったん離れた方が一哉くんにとって賢明だと感じられる状態になっている。
それも考えると落ち込んでしまいそうだった。
一哉くんは、出会った頃よりは節度があっても、私と恋人であることを誰かに隠すという頭はない。そんな必要性を感じていない。それはとても嬉しいことだけど、それが裏目に出ることだってある。
ひどく何か、胸の奥がもやもやして、その原因不明な感情がもどかしかった。
「涼!」
「一哉くん」
エントランスから出てきた一哉くんは、スタッフたちとすれ違うたびに軽く手をあげて親しげに挨拶しながら軽く走り寄ってくる。
一哉くんは、エドだけでなくスタジオスタッフの間でもかわいがられている。屈託ない、まだ10代の若者への視線はあたたかい。
「探した」
「レコーディングは?」
「休憩」
一哉くんは私を腕に囲うと、ちゅ、とアメリカ式に頬にキスする。それからすぐに軽く私の唇にキスを落とす。
この数ヶ月で、一哉くんはまた背が伸びた。前は少し目線をあげるだけだったのに、今は軽く見上げている。
「なに、こんなところで? 顔色悪い?」
「うん、少し調子悪かったから空気を吸いに」
胸の奥に罪悪感を伴った痛みがさす。嘘をつかなければ、私の動揺なんてすぐ見抜かれる。
「先に部屋帰ってる?」
「ううん、大丈夫。ここでこうしてれば落ち着くと思から」
「そ?」
一哉くんはそっと私を抱き寄せて、頬を私の頭に寄せるようにする。一哉くんの甘えたい時や私を安心させるようにする時の現れだ。
最近の一哉くんのお気に入りの体勢だ。どうやら背が伸びたために、首筋に埋めるようにしていた頭の高さが合わなくなったらしい。
でも私もこうされるととても落ち着いた。一哉くんの外見からはあまり感じられないしなやかなたくましさや体温が心地よかった。
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