歯がゆい現実の迫間で

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 一哉くんと連れ立ってレコーディングルームに戻る。コントロールルームの背後に設けられたラウンジスペースのソファには、司さんがリラックスして座っていた。 「おつかれ、涼さん」 「おつかれさまです、皆さんは?」 「一哉の戻りに痺れを切らして、下のバーラウンジに行きましたよ」 「えっ!? 休憩じゃなかったの?」  司さんの言葉に思わず背後を振り返ると、一哉くんがしれっとした表情で脇をすり抜けて、音響機材のミキシングコンソールの前にある上質な肘掛け椅子に座る。  いつもエドが座っているところだ。 「休憩ってエドが言った」 「それは13曲目のリズム録りが終わったら、って言ってたでしょう?」 「陣のチューニングかかりすぎ」 「…仕方ないでしょう、ドラムの音は大事な部分です。リズム隊先に固めないと」  ああ、と嘆息する。  一哉くんはどこ吹く風のような顔でミキサーを触っている。  エドに言われたことが蘇る。 「遊びじゃないんだよ? エドだってみんなだって真剣にアルバムよくしようとしてるんだから、中途半端な気持ちでどうするの?」  思わず我知らずキツめの言葉が口から飛び出す。それに司さんが視線をあげて、一哉くんはかすかに眉をひそめた。 「今日のスケジュールは、13曲目のリズム隊はすべて終えて、ギターとキーボードも録らないとならない。それを終えてからじゃないと一哉くんのヴォーカル録りもできないのは分かるけど、でも一哉くんだってやらなきゃいけないことはあるでしょう? 私の存在よりも、今大事なことを丁寧にやっていかないと、世界を目指すってそう簡単じゃないの」 「まあまあ涼さん」  まくしたてた私を、司さんがなだめる。  一哉くんの表情が険しくなっていたのは分かるけど、抑えられなかった。  思えば、こういう風に一哉くんがふらりとコントロールルームから抜け出すことはけっこう多い。基本的に自分の分野にはものすごい集中力を発揮するけれど、自分の関わりが薄いととたんに興味を失うようなところがあった。 「確かに陣のチューニングに時間がかかっていたのは事実なんですよ。ちょっと煮詰まっていた感じもあって。痺れ切らしてとはすみません、僕の言い過ぎです、気分転換にエドが誘ったんですよ」
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