歯がゆい現実の迫間で

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「凉さん」  柔らかな女性の呼び声に顔をあげると、ベリーショートが爽やかなサオリさんが心配げに私のことを見ている。 「ごめんなさい、エドが言ったこと…」 「いえ…」  ここでは一哉くんに聞かれる可能性があった。サオリさんをロビーのソファの方に促す。  サオリさんは長くエドのパートナーだと聞いた。  多忙で仕事にシビアなエドとよく続いていると思う。 「気にしないで、なんて気休めよね…。あの人、決めたらすぐに言葉にしちゃうから」 「正直、司さん達は、私と一哉くん…トーイがどういう経緯を経てきたか知っているので、無意識に甘やかしてしまうところもあると思うんです。だから言われたことは、…正直反論できなくて」  黙ってサオリさんが頷いて、先を促す。 「世界で勝負することがそう簡単でないことくらいは頭ではわかります。でも私はやっぱり一番の当事者ではないから、分からないところもあって、そのことが一哉くんの足を引っ張ることだけはしたくない。丹野さん達みたいに業界のことを把握できてるかといったらまだまだですし、私の存在が、一哉くん、殲滅ロザリオの邪魔になることだけは耐えられない…。でも同時に、私は一哉くんのそばにいたくて、でもそれはごくプライベートな想いです。本来は現場には不要な」  どうしたらいいのか、答えがほしかった。 「涼さんの気持ち、分からなくもないわ。エドは、あの通り仕事人間でしょう? 寝ても覚めても音楽が大好きで、他のことなんて二の次。もちろん付き合い始めは、私との時間も充分にあったけれど、もともと通訳の仕事で出会ったから、オンもオフもあってないようなものだったわ」 「それでよく15年も続いてますね。すごい」 「だって彼、音楽に関わってる時が一番生き生きしてるの、笑っちゃうくらいに。音楽を語らせたら、まるで子どもみたいに目がキラキラするの。そんな彼を見ちゃうとね…」  サオリさんがかるく肩をすくめて笑う。それはどこか母性に満ちた優しい眼差しで、その時のエドを思い出しているのだと分かった。
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