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課に戻ると、席空きが長かったせいだろう、同僚たちから好奇の目を向けられた。きっとお説教されたんだろう、きっと面倒くさい仕事を押し付けられたんだろう、きっと次の出張に同行させられるんだろう、なんて、全く見当違いの予想をしてくれるならいい。
けれど、少なからずそうじゃない目であたしと藤次郎を見る人もいる。真里の言う通り、まだ、橋本さんと坂井さんの疑いは晴れない。
と、いうか。疑いじゃなくて、事実か。
『今夜空いてますか?』
バッグの中で震えたスマホを取り出すと、タイミングがいいのか悪いのか、麻宮さんからのメッセージ。
告白の返事、考えてなかったなあなんて、悠長なことは言ってられない。異動するかもしれないっていうのに、『イエス』の選択肢なんてない。正直に話して、断ろう。知らない土地で再スタートを切るっていうのもアリかもしれない、なんて。
「広島?いいところだよね。年一ペースで俺も行くよ」
断ろうと思っていたのに。なぜか麻宮さんは、あたしの異動の話を聞いても驚きもしなかった。いや、なぜか、と言うほど自信を持っていたわけじゃないけど。
「別にさ、いいんじゃない?新幹線だって飛行機だってあるんだし。あ、飛行機はやめといた方がいいかな。知ってる?広島空港ってあんまり立地良くないんだよ」
「あ、いや。知らないですけど…」
「…異動になるから?」
「え?」
「異動になるから、俺の告白、断ろうと思ったの?」
「あ…はい。多分…」
「ははっ、多分、て。まあ、それが理由なら、気にしなくてもいいよ。ほら、俺も異動願い出すっていう手もあるよね」
あっけらかんと言い放った麻宮さん。なんか、急に馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「異動願い出したところで、そんな簡単に認められるんですか?」
「いやー、無理だろうね。結婚して奥さんが広島に異動になった、とでもなればだいぶ考慮はしてくれるだろうけど」
そっと、隣の麻宮さんの右手が、膝の上に置かれたあたしの左手に触れる。薬指をなぞるのは、きっと、意図的だ。
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