第1章

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私の知っている花屋は少しおかしい。 いや、私の知っている花屋の店員は少しおかしい。 町の大通りを抜けて、三番目の角を曲がり、猫が通るようなフェンスを潜り、細道をずっと行くと、やっと花屋の看板が見えてくる。 所有格のアポストロフィー を表す『's』が大きく見える。この花屋の名前である。 午後3時。人気に気づいたのだろうか、欠伸をしながら店から出てくる店員。彼こそが、例の店員こと佐藤君である。 汚れのない白のスニーカーにスキニージーンズ、白いシャツを隠すかのようにエプロンを着けている。黒縁のメガネと顔を覆うマスクが彼を神秘的に変えた。 「今、開店しましたけど...来ます?」 マスク下の表情が気になる彼は、今日も花屋で働いている。そんな彼について、紹介したいと思う。 「当ぅ...っ店ではっ、花粉嚢っ!を取っていないユリが売り..くしゅん!...です!」 一つ、彼は花粉アレルギーを持っている。 年中くしゃみが止まらないらしく、(あくまで)花を守るためにマスクを手離さないという。そこまでして花屋で働きたいかと思うが、そこが彼の花への思いなのである。 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはまさしく...。よければ、ローズティーもお出しいたしますが...。」 二つ、口説き文句がやたら花である。 たまに一般的に使わない花の慣用句を使ってくるのが特徴なのである。花屋だけに花を持たせるのが上手いのも特徴だと言える。花粉アレルギーのくせに、口説く時だけ発音が綺麗である。 「お花の名前でしりとりしましょうか?それとも、花言葉クイズ?押し花でも作りましょうか!」 三つ、何かと花で遊ぶ。 花を売りなさいと客が言いたくなるほど、遊んでいる。一人が寂しいのか、客が来るとかえそうとしない。最近は、花のかるたを作ったという噂があるが...真相は...? 「元々はコンビニのバイトだったんですよ?」 彼は懐かしい顔をしながら語り始めた。 「でもただ花が好きすぎて、こっちのバイトにしたんです。花粉アレルギーでも...それでも花は咲く。」 鼻にティッシュを詰め込んだせいで少し鼻声だった。 それでも花は咲く。お土産にと持たせてくれたコスコスが、また行きたい気持ちにしてくれる。 「....これでリピーターゲット。」 『's』 今日も平和に開店中だ。
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