第1章

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出会いは、衝撃的だった。 お兄ちゃんの忘れ物を届ける為に向かった大学の研究室で、異臭を放って倒れ込む男の人。 神山 聡一郎。 あの時の衝撃は、想像以上もので自分でもどうしていいのか分からず、異臭を放って倒れる人間を放って研究棟の正面玄関まで走り逃げた記憶がある。 それが、今では私の目の前で(相変わらずの異臭だが)弁当をかっ喰らっている神山教授。 「先生、あんまり急ぐと喉に詰まりますよ。」 「はっ!こんなにうまい飯をっ!オボブビデ!グベブガ!!」 「…先生、食べるか、喋るか、どっちかに」 「はっ!?」 神山教授は、何かが閃いたのか急に立ち上がって弁当を持ったまま数字とアルファベットの広がる深緑の板の前に向かった。 白い棒は床やら、机やら、至る所に転がっているが、弁当と箸を持つ手では拾い上げることができない。 弁当を置く。 という概念が今は抜け落ちていて、食べながら数式を解く為にはどうすればいいか。という考えしかないようだ。 あの人は、本当にどこまでも数学バカだ。 遠くで予鈴の音が聞こえた。 私は、夢中で深緑の板の前を左右に揺れる神山教授に(聞こえていないだろうが)「授業行ってきます。」と伝えて研究室を後にした。 衝撃的な出会いから早4年。 あの時、高校1年生だった私が、今は大学2年だ。 兄の恩師である神山教授は、日本でも、世界でも、数学会ではかなりの有名学者。 ただ、数学バカ過ぎて変人扱いもされているらしい。 気になる事があれば、直ぐに所構わず答えを出そうとする。 だから、お風呂に入ったり、家に帰ったり、ご飯を食べたり、服を着替えたり。という人間の日常の行動をすっぽりと忘れてしまうらしい。 だから、私が初めて彼に会ったあの日も人間の日常の行動を忘れた結果らしい。 「あんたも物好きよね。」 「え?」 「え?って…あんな変人教授のどこがいいわけ?」 授業の合間に軽くコーヒーを飲んでいる私に、友人の茜が呆れた顔でうんざりしている。 「んー…どこかなぁ?」 「千代!あんた、顔はそこそこいいし、スタイルだっていいのに、野良犬相手にご飯あげてる暇があるなら外に出会いを求めなさいよ。」 「野良犬って」 確かに、野良犬に近いかもしれない。 そろそろ、先生にお風呂を忘れていることを伝えなければ。 最後に家に帰ってたのは、3日前だったし。
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