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「青蓮様、大変です!隣に人間が引っ越してきましたよっ!!」
不出来な弟子がまた断りもなく私の部屋に飛び込んできたかと思えば、いきなりとんでもないことを口にした。
ここは「御花」という屋号の長屋だ。
徳川公の御代より私が家居としている場所であり、私の妖気に誘われるように魑魅魍魎の類が集まった物の怪の巣窟でもある。
好々爺風情の人間の家主がこの長屋で貸し部屋業を営んでいたのはほんの100年ほど前のこと。当時はやれ書生だの子だくさんの夫婦だのに賃借されどの部屋も朝に夕に賑やかであったが、今は人の姿はない。
それというのもひとりでに戸が開け閉めを繰り返したり、天井裏から奇妙な泣き声が聞こえてきたりと怪異霊障が治まらぬがゆえに、いつしかこの長屋は「御花(オバナ)」ではなく「御化(オバケ)」などと呼ばれるようになり、次第に人が寄り付かなくなったのだ。
そうこうしているうちに押し寄せてきた近代化の波中で時代に取り残され、誰に顧みられることもなく次元の狭間に捨て置かれ、人の世と繋がりを断たれてしまったのである。
今となっては棲むのは物の怪の類ばかり、たまに成仏し損ね行き先を見失った人の霊なぞ紛れ込むことがあるが、生身の人間にお目にかかることなぞとんとない。
弟子の声が喧しい以外は日々静かな暮らしである。よもや人の子が迷い込もうとはここに棲まうモノらは想像だにしなかったことだ。
………この私も含めて。
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