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「何、人間だと」
無礼を咎めてやることも忘れ、饅頭を頬張っていた手を止めて弟子の顔を窺うと、見た目だけは頑是ない小童のような我が弟子は、子犬の如きつぶらな目を爛々とさせながら駆け寄ってきた。
「はい、青蓮様。しかも女。とびきり若い女なんです!それも生身の女!女ですよ!」
「…………女、女と俗っぽいことで喜ぶとは。さてはおまえ、よからぬことを考えておるな」
弟子は無邪気な小童の顔に、にやりと何やら黒い笑みを浮かべる。
「ええ。だって裏庭の柿にしろそこのドブ川で捕った魚にしろ、なんでも新鮮なことに越したことはないでしょう?もちろん人間もね。……あの人間の女は美味いはずですよ、青蓮様もきっとお気に召します。なんたって若くて子供の様に柔らかそうな、健康そのものの身体付きをしているのですから」
弟子は鼻をひくつかせると、身悶えるように畳の上に転げだす。
「ああ、ここまで届くこのうまそうな人の匂い。たまらない。ああ、食らってやりたいっ!!」
--------人にしろ物の怪にしろ、食欲に捕らわれた者の顔は見苦しく、直視に堪えないものである。
涎を垂らし始めた弟子に食いかけの饅頭を放ってやると、弟子は寝姿勢から素早く背を反って高く跳び上がりそれに齧りついた。
折角人の姿に化していたというのに、その途端隠してあったはずの尾は露わになり、うまい饅頭にありついた喜びで千切れんばかりに左右に振れだす。
獣の本性が丸見えである。
どんなに達者に人に変化出来るようになろうとも、目の前の食い物に迷わず飛びつく獣の性ばかりはいつまでたっても隠しきれないようだ。
「………おまえも成長しないものだな」
ため息をつくと、私はもうひとかけ饅頭を放ってそっと部屋を後にした。
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