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「無責任なこと、言わないでください」
娘はその目で突き刺すように私を見つめたまま言った。
「若いから行くあてがあるだなんて、どうしてそんなこと言えるんですか。……あたし、連帯保証人になってくれるひとが誰もいないから、ここ以外、部屋貸してくれるとこなんてどこもなかったのに」
……連帯保証人とは、つまり賃借の請人のことであろう。
「ならば故郷(くに)へ帰るがよいだろう。こんな寂れた場所、間借りしてまで住むものじゃない」
「帰るとこなんてありません。………だってあたし、施設育ちだから」
「施設?」
娘はなぜか恥じ入るように小さな声で応じる。
「親がいない子とか、親がいても病気で一緒に住めない子とか……………あとは子供を養えないクズみたいな親しかいない子が入るとこだよ……っ」
つまりは孤児や貧窶児を預かる養育館のような場所のことなのだろう。しかしこの娘、なぜこんなに顔を俯かせて羞恥に苦しむような顔をしているのだろうか。
親がいないことも全うな親を選べないことも、子の責任ではあるまいに。こんな眼差しのうつくしい娘が己の出自を恥じ入る必要がどこにあるのだろう。
「あたしは他に行くあてなんかない。……ここがヘンな場所だってことは知ってるよ。だって近所のひとたち、あたしにここを紹介してくれた不動産屋のおじいさんはもう10年以上前に死んじゃってるなんて言うし、そもそも御花長屋は戦争前ぐらいになくなっちゃってるって言ってたし。……でもあたしはないはずのここにちゃんとたどり着けたし、賃貸契約書だって持ってるんだから」
娘はそういって肩から提げた巾着のようなものから、大切そうに一枚の紙きれを出す。
その契約書には、長屋の主人であった好々爺と同じ姓の、おそらく子孫であると思しき男の記名と捺印がされている。
「………確かにこれは本物の契約書のようだ」
「でしょうっ!?」
娘の顔に大輪の笑みの花が咲く。
私の力を持ってすればいかに契約書といえど容易く破りさることは出来るが、そうすることが惜しく思えるほどの晴れやかな笑みである。
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