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「その破れた下履きはあまりに見苦しい。今すぐ着替えろ」
「っていわれても、あたしそんなに替えの服持ってないんですけど……」
やはりこの娘はこんな場所に住もうとするくらいであるし、衣服の持ち合わせがないほどに困窮しているようだ。
「貧の病を患っているのはよくわかったが、せめて破れた箇所だけでも繕ったらどうだ。おまえはまだ子供だが、その肌だけはなかなかになまめかしい。視界の中でちらちらと見せられては、さすがの私もおまえに食らいつきたくなるぞ」
「えっ。く、食らうってっ、そんなっ………………あ。ああ……そっか、人間じゃないんだもんね………なんだ『食う』ってそっちの意味か……びっくりしたぁ……」
娘はなぜか顔を赤らめさせて、安堵するような恥じ入るような複雑な苦笑いを浮かべる。
「着るものがないなら仕方ない、以前おまえのようにここへ紛れ込んできた女が置いて行った着物が私の部屋に置いてある。丁度背丈も同じくらいだ、それをおまえにやろう」
「……………ここ、前にも人が住んでいたことがあるの?」
「ああ。50年ほど前のことだ」
「その女のひとはどうしたの」
「とうに出て行った。ここから三つ先の町にある乾物屋に嫁いだそうだ。きっと幸せな人生をまっとうしたのだろうな」
「…………ねえ、もしかしてその着物って、あなたの大事なものなんじゃないの」
まるで傷口に恐る恐る触れるような聞き方をするものだから、久方振りに着物の主を思い出した私の心は僅かに波立った。
「そうだとしてもおまえになんの関係がある?」
言った後に、我ながら頑な言い方をしたと少々恥ずかしくなった。この娘、子供にしか見えぬ様相ながらなかなか聡いところがありそうである。
「関係ないわけないでしょ。………大切にしていたものなら、理由もなくもらえないもん」
「おまえが気にすることではない。仮に大事なものだとしても、誰も着られずにしまい込まれた着物に何の価値がある。付喪神になり果てる前に箪笥の肥やしに日の目を見せてやるのもよいだろう」
娘は納得しかねる顔をしつつも、私の後についてくる。
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