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「でもさ、青蓮さん、」
「青蓮だ。………妻への施しは、夫として当然の義務であろう。何より私は今朝方おまえから貰った饅頭の礼も済んでいない」
娘は目を丸くする。
「なんだ、その顔は。この饅頭を私に寄越したのはおまえだろう」
そういって私は袂から最後の饅頭を取り出す。
「このきめ細やかな上品な餡、媚びることのない控えめでありながら皮との調和のとれた甘さ。なかなかの逸品だったぞ」
「たしかにそのお饅頭、表にあったクスノキの下の祠にお供えしたのはあたしだけど、あそこに祀られてたのはあなただったの?……青蓮って、妖怪じゃなくて神様?……あ!そっか、だから青蓮はそんなにきれいな顔してるんだね……」
「さてな。我らのような存在は人が物の怪と呼ぶか神と呼ぶか程度の差異しかない。それにしても人からの供物なぞ数十年ぶりだ。昨今の人間どもは信心などすっかり消え失せたかと思っていたのだが、なかなかよい心掛けだ。やはり人の作る菓子は絶品だな」
「そっか。ご近所さんへのご挨拶用に買っておいたんだけど、気に入ってもらえたのならよかった。………あたしの自論なの。お腹いっぱい満たされている間は、悪いことをしようなんてなかなか思わないものでしょう?それにおいしいものをもらったら誰だって悪い気はしないじゃない。人も、それにきっと妖怪も神様も同じかなって思って。それでお供えしておいたんだ」
「成程。真理だな」
やはりこの娘は、なかなか賢いようである。
着るものに困っていようと供物を買う金を惜しまないとは、その性分もなかなか面白い。子供の様な背丈の娘のその頭を褒めてやるように撫でてやる。
肩上で短く切られた髪は不格好であるが、つややかな見た目同様、撫で甲斐のあるなかなかよい手触りだ。うっかり時を忘れて撫で続けてしまいそうなほどだ。
ほんの気まぐれであったが、私はなかなかよいモノを得たのかもしれぬ。
「ちょ、ちょっと青蓮、なんなのっ。そんな気安く触らないでよっ……」
顔を気の毒なほどに赤く染めるその様も愛らしい。これで束の間、我が退屈を慰められることだろう。
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