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真っ先に飛び込んできた光景は、地べたに這いつくばっていた死屍累々の衛兵たちだった。
どうやらこいつらは、大臣一派らしい。あのエンブレムがある武器を手に、気絶している。
「これは……どういうことじゃ? 国王の側近たちがやったのか?」
「いや、国王たちは王宮から出られないはずだし、ここはもう国の外だ。城壁外周辺の警備までしてくれているってんなら、話は別だが」
「……では誰がやったというのだ。我が故郷の愛馬まで用意して……。野盗のしわざか?」
国外から人を入れるときに、身分を細かく審査する監視小屋というものが、大きな国にはかならず備わっている。そこすらも、扉は開けっ放しで、審査官も目を回して伸びていた。
正門の前で待機しているのは、エーサーたちが乗ってきた、幌馬車だ。御者はいないが、きちんと縄に繋がれて、大人しく主人を待っていた。
そして、事態が呑み込めず、戸惑っていた我々に、突如として降り注いだ怒声があった。
「おいおいッ! 野盗とは失礼だな!」
大人にしては、言葉遣いに品がなさすぎる。だからといって少年にしては、声に渋みと張りがあり、自信に満ちている。
「わざわざこんなショボい国から馬を調達してきたってのによォ! まずはオレっちにありがとうございますの一言もねえってのかよ! これだから人間は無礼ってやつだぜ!」
「ま、まさか……! 我が愛馬が……しゃべるとは……」
「どこ見て話してんだアホヅラめ! こっちだ、こっち!」
「? ど、どこだ」
「おいサロス……。しゃべっているのは、馬じゃない。その幌の上にいるやつだ」
防塵布の上にいる、声の主は、大きなあくびをしてから、その口から「ふん、ようやく気づいたかマヌケ!」と、憤った青年のようなハスキーボイスを発した。
「な、なんと……。この猫がしゃべったのか……!」
「ああーん? 猫がしゃべっちゃ悪いって誰が決めたんだ? これだから人間はキライだぜ! せっかくここいらのクソヌケサクどもをぶっ倒してやったってのに、礼も言えねぇのかって!」
「こいつらはお前が倒したのか……。やるじゃないか」
「おお? てめぇの顔は生涯二度と忘れねぇぞ? オレっちが入った檻ごと岩盤に叩きつけられた怨みは一生消えねぇんだよ!」
「お前……人の言葉をしゃべれたのか。なんでずっと黙っていた?」
「アレン、私から説明します。アレンと別れてから、荷物を取りに宿に帰っている途中でこの子と会って、なんか私の言葉が分かるみたいだったんで、この馬車を国の外に持ってきてもらえるように頼んだんです」
フェイダがこいつに命じたのか。たしかに、この猫はいけ好かないが、フェイダには懐いていた。
「お嬢ちゃんはオレっちを助けようとしてくれたからな。悪いやつじゃあないし、オレっちは恩義を感じている。だからこうして力を貸している」
……長く生きてきたつもりだが、人間の言葉を介して会話できる動物なんて初めて出会った。エーサーなんか、口をあんぐりと開けている。
「んで、どうすんだ? オレっちが持ってきてやったコレ、使うのか? 使わないのか? はっきりしろよ」
「もちろん使わせてもらう。ありがとよ、猫」
「ヘンッ! オレっちには、ラッスルっていう高貴でカッチョイイ名前があるんだぜ! 猫だなんて呼び方はよせよ」
「そうかいラッスルありがとよ。じゃあ行くか。時間も惜しいしな」
呆然としているエーサーを半ば無理やり中へ押込み、俺たちは新たな気持ちで、旅を再開した。
もちろん行き先はない。だが、目的はある。目的さえあれば、じゅうぶんだ。それを目指していけば、いつかは辿り着く。旅っていうのは、そんなもんだろ。
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