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“ワクワク”という言葉が好きだ。言葉の響きもいいし、無条件で気分が爽やかになる。世知辛い世の中にウンザリしている鬱憤をすごい勢いでスッ飛ばしてくれる、一番好きな言葉だ。これはなかなか素敵なシロモノで、平和と刺激を求めて破滅するよりも、こいつを求めたほうが人間あらゆることで効率がいいことが長年の経験で証明されている。俺のような人間に、飽きさせない何かを提供してくれるこの芯のような感情を、俺は心の底から信頼しているんだ。
しかしだからこそ、この退屈な世界なんかに、そう易々と転がっているようなものではない。たとえば前方を歩いてくる学生服を着た少女の鞄のヒモが切れて教材やらシャープペンシルの入った筆記用具入れやらを道端にぶちまけて、拾い集めるのをなんとなく手伝ってやって笑顔で礼を言われても、それくらいでは俺の渇ききった心をときめかせることはできない。
彼女はそのまま頭を何度も下げて、名もなき通行人ごときに失態を晒してしまったことに恥じながらその場を立ち去ろうとしていた。
そう――彼女は気を取られすぎていた。注意力が疎かになっていたんだ。如何にこの無害化した世の中といえど、安全が保証されきり、ぬるま湯に浸かった極楽浄土でも、命の危険性が完全にゼロではないということ。ときにそれは無情となりて牙を剥く。その弛みが、人間ひとりの人生を容易に狂わせるほどの獰猛な罠であることに、俺はこのときばかりは思い知った。
赤信号を無視した暴走車が、彼女の小柄な身体にみるみるうちに吸い込まれてゆく。もうすぐそこだ。目と鼻の先だ。なにしろあっという間の出来事なんだ。俺はとっさに腕を伸ばして彼女を押し退けることしかできなかった。もう少し場を読み解いて冷静に行動できたなら、俺の人生も少しは変わ
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