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「さ、明日は金曜だから忙しいぞ」
店を出て、課長は空を見上げるようにしてそう言った。
「そうですね」
「雪野……いや、雫。明日、仕事終わったらまた食事に行こう」
呼ばれた下の名前に心臓が飛び上がって、どきどきしたまま何度も首を縦に振る。
「残業中は二人っきりだったから気が気じゃなかったんだが、良かった」
呟いた課長はまた眼鏡姿。
私を見下ろすとレンズ越しの目が柔らかく細まった。
送ってもらったアパートの下、実は課長のマンションも近い事が判明して。
「これなら何かあった時すぐ駆け付けられる」
課長はそう言って、ぽんと私の頭を撫でた。
……うぅ、一歩踏み出した途端、暴走しそうだよっ
「あー……雫」
「っ、はい」
見上げたら、彼は眼鏡をすっと外して、私の頬に手をあてがう。
そのまま近づいてきた顔に目を閉じれば、唇が暖かくなった。
「――……、キスしていいか?」
「……事後承諾ですか?」
「いいや、もう一回」
重なる唇は最後音をさせて離れて行った。
すぐ眼鏡をかけた課長は視線を外してクイッと眼鏡を押し上げる。
私の頭をもう一度ポンと撫でると手を挙げて帰って行った。
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