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静かな空間に、カタカタとキーボードの音だけが響く。
物凄いスピードでその音をさせているのは、私と、それから……
「課長、データ送ります。確認して頂けますか?」
「あぁ、頼む」
数メートル先、机がこっちに向いているデスクの課長は、ちらりと私を視界に入れるとまたカタカタと音をさせ出した。
時折、課長は銀縁眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げる。
長い指をクッとさせる仕草はいつも私の胸をドキリとさせ、私はその仕草を盗み見する。
既に遅い時間のフロアには、課長と私しかいない。
本当は今日は早く帰って疲れた肌にじっくりパックでもしようと思っていたんだけれど。
急な仕事が入り、課長は私を呼びとめた。
……どうして私だったんだろう?
手は休めることなく、キーボード横の資料を見ながらそれを入力して行く。
「雪野、今送った分あれで良い」
「はい」
会話は必要事項だけ。
黙々とデータを打ち込み、タンッと最後のキーを押す。
ふと視線を上げた先の課長が居なくなっていて、
「あれ?」
声を出した私の後ろに影がさした。
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