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いやね、何でも若い女性が交際相手に切り刻まれたとかで。随分昔のことなんですよ??
それから事ある後に苦情が来ましてね。
いや、それが決まって女性の入居者の時だけで、ええ。ですから大丈夫じゃないかなあなんて思う訳ですよ。あ、隣ですか? 隣も空いてますよ。ええ、間取りは同じでございますが、こちらは少し割高にはなっておりますがねえはい。はい。はい。いえいえ、こっちの部屋は何も起きてませんから。ほんとですってばあはは。
そんな言葉に巧みに騙されて、
否諭されて借りてしまったが最期、という訳も無く一年が過ぎた。
不朽の名作が如く語り継がれていく物語の真価に俺は辟易していた。
そんなある夏の日の事だ。
ふと物音がして目覚めると外はまだ闇。何やら隣から物音がする。
こみ上げて来るのは好奇心。
「やっとお出ましですか」
独り暮らしには充分過ぎるほど広いワンルーム。
そこかしこに設置された電子機器。
俺はデスクに座りパソコンを開いた。
『午前三時。隣室から物音が』?
デスクの脇にある本棚に綺麗に整頓された書籍の背表紙を指でなぞる。
『実録?怪奇現象』『幽霊団地に雨は降る』『事故物件のススメ』
初版十万部を祝して飲んだドンペリの佳味が腹の奥底からこみ上げて来た。
ホラー作家として名を馳せていたのはもう五年も前の事になる。
何か良いネタは無いかと暗中模索するもスズメの涙程も結果は得られなかった。
今回が最期と思い一年が経った今。
ようやっと。
手首をポキパキと鳴らし首をボキバキ。
洗面所で顔を洗うと見窄らしい男が一人。
「俺はまだ終わっちゃいない」
誰もいない部屋で独り言ちる。
手慣れた手つきでヘッドホンを付け壁一面に設置されたマイクを睨む。
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