七月、うだる暑さのある夏の日

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「ハハハ」 夏の空に響く高笑い。 「そっか、そっかー」 明るい色の髪、ともすれば赤に見える茶の瞳を夏の陽にきらめかせて本田は宙を駆けた。浅草から隅田川を越えスカイツリーを目指す。 自分の周囲に結界を張っていて、宙を駆ける姿は人々からは見えない。 「あの子狐、目を覚ましそうだ」 本田は数年前の出来事を思い出していた。豊川の御殿で主人を守るために自分の前に立ちはだかった白い小狐。 黒狩衣を纏った本田は、小さな白狐を攻撃しようと雷を手のひらに呼び出す。 けれど、そのとき本田には小狐の背負った業が、小狐の生命を飲み込もうとしていることに気づいた。自分が攻撃せずとも小狐は自滅するだろう。 その一瞬のためらいが隙を生み、本田は荼枳尼天に攻撃された。負傷して逃げ出すときにその小狐を振り返ると自分の血を浴びて呆然としていた。 血に染まり、何かを言いたそうな、何かを諦めたような、何かに安心したような様々な感情が入り混じったような表情。 そのときの姿が、なぜか残っている。我ながら変に思うが、かわいそうに思ったのだろうか。 その小狐が転生した姿で光流の家にいた。 葛の葉の血をひき、安倍晴明の姪である肉体と九朗助稲荷の白狐の魂を合わせ持つ子。 「あの子は使える」 本田に胸が高鳴るような、不安なような自分でもよく分からない感情が生まれた。 「あ、あれに似てる。欲しいおもちゃが手に入りそうなのに売り切れてたらどうしようみたいな……」 本田は夏空を駆けた。
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