八月、入道雲と夕立ちのある日

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それから光流はゆっくりと口を動かした。 「荼枳尼天って何のことだ」 そう問われたましろは口をつぐむ。 「なぜお前が知っている?」と言われている気がする。 光流の視線に耐えきれずましろは、うわずった声で呟いた。 「鍵を……」 そこまで言って秘密だったことを思い出し、再び口をつぐむ。 「ましろ、もしかして覚えているのか?」 その問いに、ましろは目をみはる。 (それって私が荼枳尼天様に会ったことがあるってこと?) そのとき、キラキラと輝く銀髪が目の前を過ぎた。 「え!?」 けれど次の瞬間に幻となって消えてしまった。 「なんだよ」 「ねぇ、光流。荼枳尼天様は長くてきれいな銀髪……?」 「やっぱり記憶にあるんだな?」 「記憶じゃないと思うけど」 記憶はなかった……あるのは感覚なのだと思う。目の前を通り過ぎる銀髪の感覚、その懐かしさ、それは記憶かと言われれば分からないと答えるしかない。 「なんか懐かしいような、ドキドキするような感じ」 「うん」 光流は静かに頷いた。 「だからって何にも覚えてないし、一体、荼枳尼天様ってなんなの?って感じ」 ましろは肩をすくめて生意気な態度をとった。 「そうか。そんな風に言ってる割にはお前、涙が……」 「え?」 ましろは頬に触れた。気がつかないうちに涙が頬を伝っていた。それは、ましろという肉体からの涙ではなく、魂からの涙だった。 「……?」 外出しているゆき乃は、ふと空を見上げる。巨大な入道雲がゆき乃を見下ろしていた。
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